私の悪い癖

悪い癖だと自分で認識しながら治らない癖というものは往々にして誰にでもあるもので、
こいつが結構困りものだったりするのだが私の場合は数ある悪い癖の中でもたぶん最悪の部類に分類されるタイプの人間なのだと思う。

説明してしまえば大したことはないのだが、それがどんなものであれ斜めに見る癖が付いているのである。
見る対象がなんだろうが関係なく、とにかく真っすぐには見ない。360度ぐる~っと回って見た後にようやく真っすぐに見て納得するといった具合である。

よって、たとえ『魔法少女リリカルなのは』のDVDを見ていたとしても、マジョリティな見方はしないのだ。

どれだけなのはが可愛かろうが、フェイトちゃんに若干心を動かされそうになろうが、
「もしかしたらプレシア母さんもいけるんじゃねぇか?」と言ったような悪魔の囁きが聞こえようが、決して“単純に魔法少女に萌える”なぞと言う事はあり得ない。

ただ。

客観的に『魔法少女リリカルなのは』のテレビシリーズ3作品を見たときに感じるのは、「面白いんだよなぁ~、何回見てもな~」という不思議な感覚である。
これで私が“魔法少女が出てくるアニメは無条件に見る”ようなタイプだったりすれば若干話は違ってくるのだがそう言う訳でもなく、
実は『なのは』の無印とA’sを見るに至ったのは当時たまたま夜中にチャンネルザッピングをしていたところリアルタイムで放送していたStriker’sに引っかかりそれからようやくDVDで見始めたぐらいなので、
たぶん諸々のバイアスはかかっていないはずだ。にもかかわらず面白い、へそ曲がりで物事を斜めにしか見ない私があまり得意なジャンルではないアニメを褒めるなんてことは、実のところあまりない。
下手をすると周りでどれだけ流行っていようが、私はじぇーんじぇん見ていない為置いてけぼりを喰らうなんて事はしょっちゅうである。

そんな私なのに「『リリカルなのは』は見とくべきだと思うよ?」何ぞとクリエイターやってる友人に勧める位なのだから、私の中では“DVDで買い揃えてもいい作品”二は分類されているのだろう。
しかし“ただ”「『なのは』面白いな~」ではへそ曲がりを名乗る資格など無いので、シリーズ全作まとめて借りてきて耐久上映会を敢行した結果、
少なくとも“私はここに反応して『なのは』シリーズを面白いと思っている”に違いない理由が浮かび上がってきた。

それはシリーズ3作、つまり『魔法少女リリカルなのは』『魔法少女リリカルなのはA’s』『魔法少女リリカルなのはStrikerS』に共通して言える事なのだが、
最近はあまり見かけない“熱血スポ根物”のテンプレートが敷いてあるからではないか? と言う事である。

主人公がいて、主人公をバックアップする存在がいて、ライバルがいて、そして強大な敵がいて、と言うのは昔(それも今考えると大昔になってしまうが)の“熱血物のマンガ”等でよく見られた構図である。
この場合『なのは』の無印に当てはめると、主人公:なのは、バックアップ役:ユーノ、ライバル:フェイト、敵:プレシア母さんになるのだが少なくとも私には実にしっくり来る、と言うか理解しやすい。
それはそうだ、根底にある意味見慣れている物があるのだから。

『巨人の星』で主人公が魔球を次々に開発して実践で使うように、『リリカルなのは』では“レイジングハート”にせよ“バルディッシュ”にせよ、デバイスがどんどんバージョンアップしていきより強力な魔法が使えるようになる、と。
それに比して敵も自ずと強大になっていったりする訳なのだが、この辺りなど本当にそのものズバリだなあと私なぞは思ってしまう。

もしかすると『あれ?』と思われる方がいらっしゃるかも知れないが、実は日本の“魔法美少女物”と呼ばれているアニメにはこの類のヤツが多い。
『セーラームーン』シリーズもそうだし、『魔法少女リリカルなのは』シリーズは言わずもがな、『プリキュア』シリーズも一番下に敷いてあるのは“熱血スポ根”のテンプレートなのだろうなと思いながら私は見ている。

それでちぃと調べてみたところ、この手の“魔法美少女物”は日本独特の産物である事が分かってきた。
言われてみれば外画で“魔法美少女もの”ってあんまり聞かないし、見た事がない。最近ようやく声優ユニットの“スフィア”さんが吹き替え版の声優を担当してらっしゃる『エンジェルウォーズ』と言う作品がリリースされたが、
アレも主人公達の年齢層から言えばハイティーンだし完全な“魔法美少女もの”かと聞かれたら私は微妙な顔をするだろう。

まぁ“日本特有の云々”を抜きにして考えた場合、一番大きな理由として挙げられるのが“本来熱血スポ根の枠を埋めるべき作品が昨今不調極まりない”と言う事ではなかろうか? 
元々“熱血スポ根”と言うジャンルは数多く世に出ていて『大嫌いです』と言う方にあまりお目にかかった事がないのだが、とみに最近「少ないなあ」と言うのが私の感想である。
背景にあるのは大看板だった『少年ジャンプ』辺りの読者層に所謂“腐女子”も含めた女子層がウェイト占めるようになってきて“努力・友情・勝利”の鉄則だけでは作品がはねなくなっきたせいもあるのかも知れない。
こと“腐女子”層の場合、勝手な言い分かも知れないが“友情”拡大解釈がお好みのようであるからして。

つまり、ガチの少年マンガで使えなくなっちゃったテンプレートを“萌え”方面とくっつけてみたら意外に面白いものが出来てしまった。

この辺が真相じゃないのかなあ、と私なんかは一人頷いているのだけれども。

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